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無花粉スギ・ヒノキの苗木への植え替えに反対する理由

(3)山の法面工事や砂防ダム、護岸工事の補修費用は将来世代の負担になる

先ほどの(1)でも指摘したように、国内におけるスギやヒノキの人工林で「花粉の少ない苗木(無花粉スギ・ヒノキ)」への植え替え作業を促進する限りにおいて、大雨を起因とする土砂崩れや河川の氾濫等の災害は避けられない問題として今後も毎年のように繰り返されることが予想されます。

そうすると当然、災害の対症療法として崩れた山の斜面にコンクリートを吹き付けて補強したり、土砂崩れが発生しないように砂防ダムを山中に構築したり、川の氾濫が起きないように護岸工事をしたりしなければならなくなりますが、コンクリートの寿命は50~60年と言われていますので、今後発生する災害で復旧のために行った関連土木工事現場は、50~60年後の国民が公共工事としてその補修費用を負担しなければならないことになります。

しかし、先ほども述べたように、今後の日本は少子化に向かいます。人口が減るとなれば常識的に考えて税収も減るわけですが、果たして将来の国民が今後毎年のように発生する災害に起因する土砂崩れ復旧工事現場、河川の氾濫復旧工事現場、砂防ダム等の補修費用を少ない税収で賄うことができるでしょうか?

今でさえ、首都高や河川に架けられた橋梁の補修工事が追い付かない状況で問題になっていますが、今の時点で公共工事が何とか可能なのは1億2千万人の人口を基礎としたそれなりの税収が見込めるからです。

しかし、8千万から9千万人と予測される将来の日本でそのような広範囲の土木工事の補修費用を負担できるのか考えてみると、常識的に考えれば到底不可能です。

つまり、今あるスギやヒノキの人工林を「花粉の少ない苗木」に植え替えたとしても、スギやヒノキの人工林がそのまま残される限りにおいて、そのスギやヒノキの人工林は「不良債権」として存在するだけでなく、その人工林によって引き起こされる土砂崩れや河川の氾濫といった災害の復旧工事を行ったその現場それ自体もまた「コンクリート造営物」という「負の遺産」として将来の国民の負担になるわけです。

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スギやヒノキの人工林によって生じる問題は天然林に戻すことによって簡単に解決する

以上で説明したように、「花粉の少ない苗木(無花粉スギ・ヒノキ)」に植え替えたとしても「スギやヒノキの人工林」がそこに残される限り「花粉以外」の様々な問題は放置される結果となるわけですから、「花粉の少ない苗木」に植え替えることは「スギやヒノキの人工林」に内在する様々な問題の根本的な解決にはなりません。

そればかりか、スギやヒノキの人工林に起因する他の諸問題を放置し後の世代に解決を先送りすることになるわけですから、「花粉の少ない苗木」に植え替えること自体が極めて有害な政策とさえいえます。

では、どうすれば良いか。答えは簡単です。

「花粉の少ないスギ・ヒノキの苗木」に植え替えるのではなく、「その地域の植生に適した雑木の苗木」に植え替えればよいだけです。

今ある「スギやヒノキの人工林」を順次伐採し、カシやシイ、ナラやクヌギ、その他その地域の植生に適した「広葉樹」の雑木に植え替えて、本来その地域に存在していたであろう自然林(天然林)の姿に戻すことができれば、その山は雑木の「根」が地盤の「下」まで深く張り巡らされた「土砂崩れの起きにくい山」に生まれ変わります。

また、スギやヒノキと異なり「腐葉土」も堆積していきますから、それなりの時間がたてば堆積した腐葉土によって天然のダムが形成され「河川の氾濫を引き起こしにくい山」になっていくでしょう。

当然、広葉樹の雑木林が増えるにしたがってサルやシカ、イノシシやクマの食糧事情も好転しますから害獣の被害も減少するでしょうし、腐葉土の栄養分によって漁獲量の好転も望めます。

もちろん、「広葉樹」の出す花粉は「花粉の少ないスギやヒノキ(針葉樹)」よりも相当程度少ないはずですから、花粉症の被害も縮小することは間違いありません。

「花粉の少ないスギやヒノキの苗木」に植え替えるのではなく、「その地域の植生に適した雑木(広葉樹)の苗木」に植え替えてそこにもともとあった自然林(天然林)に戻すだけ。ただそれだけでよいのです。

広葉樹の雑木を植えて天然林(雑木林)に戻してあげれば、土砂崩れや河川の氾濫も最小限に抑えることができますから、土砂災害に起因する山の法面工事や砂防ダム工事、河川の氾濫に起因する護岸工事など土木工事も最小限に抑えることができます。

そうすれば、将来の補修工事にかかる費用もごく限られた範囲で済むでしょう。

なにより、天然林に戻すことによって維持費が一切かからないという点が最大のメリットです。

スギやヒノキの人工林は、定期的に人が入って間伐や枝打ち、下刈をしなければ荒れてしまうため、それが存在するだけでコストが発生します。

しかし、天然林に戻すのであれば、苗木が定着するまでの数年はシカなどの食害の懸念があるのでスギやヒノキの苗木と同様に人の手で保護するための経費が必要となりますが、2~3m程度に生育した後は自然の生態系が構築されることによって基本的に放置することで山の保水機能と地盤強化能力は維持されますから、それ以降の経済的負担は実質ゼロ円です。

後の世代に「不良債権」や「負の遺産」を押し付けることはないわけですから、ただ単に「その地域の植生に適した雑木の苗」を植えるだけで全ての問題は解決するのです。

※なお、「山は定期的に人が入ってあげないと荒れてしまう」というようなことを言う人がいますが、それは「スギやヒノキの人工林」であったり人が山菜などを採取するのに利用するいわゆる「里山」の話です。
自然の生態系が構築された天然林(自然林)に戻してあげれば、人が入らなくても自然界に住む数千数億の種によって山の自然は再生を繰り返してくれますから、天然林に戻してあげさえすればあとは「放置」しても全く問題ありません。
屋久島や対馬の一部地域に残る原生林などは人の手が入らなくても自然のサイクルによって維持されているわけですから、それと人が入らなければ維持できない人工林や里山を混同しないようにしてください。

必要なのは「無花粉スギ・ヒノキへの植え替え」ではなくスギ・ヒノキの人工林の「仕分け」

スギやヒノキの人工林で今必要なのは、「花粉の少ない苗木(無花粉スギ・ヒノキ)」に植え替えることではなく「元の雑木林(広葉樹の天然林)に戻してあげること」です。

そのためにまずやらなければならないのは、スギやヒノキの人工林を「仕分け」することでしょう。

今後の日本で必要となる建材の大まかな試算を行い、その試算に基づいて「将来のために残すスギ・ヒノキの人工林」と「将来のために残す必要のないスギ・ヒノキの人工林」を選別することが必要です。

できれば、林業の盛んないくつかの都道府県を特区として選定し、その地域に重点的に人工林を残すのが適当と思いますが、特定の地域に集中させ過ぎると先ほど説明したような災害の懸念を生じさせますので、適度に地域をばらけさせたり、雑木との混植や斜度の大きな地域へのスギやヒノキの植林をさけるなど、それは専門家の意見を聞いて議論すればよいでしょう。

そしておそらく、「将来的に建材として必要ない」と判断される範囲の人工林が大部分を占めるでしょうから、その部分については順次伐採し「その地域の植生に適した雑木の苗」を植えることで天然林に戻してあげる必要があります。

そうしなければ、先ほど述べたような「不良債権」や「負の遺産」を後の世代に押し付ける結果となってしまい、将来の国民が多大な負担を強いられてしまうことを忘れてはいけません。

だからこそ「花粉の少ないスギ・ヒノキの苗木に植替えるのは反対だ」と言っているのです。

「無花粉スギ・無花粉ヒノキの苗木」に植え替えるのは、これらの議論が終わった後です。

「将来のために残す必要性のあるスギやヒノキの人工林」として認められた部分に限って「無花粉スギ・無花粉ヒノキの苗木」に植え替えれば良いだけなのです。

もっとも、先ほど述べたように、現在あるスギやヒノキの人工林は明らかに供給過剰でその大部分は「将来的に建材として必要ない」と判断されるでしょうから、それをすべて広葉樹の天然林(自然林)に戻すのであれば、飛散する花粉の全体量が大幅に減少する結果、そもそも「(スギ・ヒノキの花粉を原因とする)花粉症」という症状自体が限りなくゼロに近いレベルまで減少するのではないかと思われます。
そうすると、将来のために残す必要のある残りのスギやヒノキの人工林に従来どおり「花粉の多いスギ・ヒノキの苗木」を植えたとしてもスギやヒノキの花粉を主たる原因とする花粉症の被害はそれほど深刻化しないものと思われますので、そもそも「花粉の少ないスギ・ヒノキの苗木」を開発すること自体が無価値(税金の無駄遣い)とも言えます。
なお、「最近はスギ花粉以外の花粉症を発症している人も大勢いるからスギ林を伐採して広葉樹に植え替えても花粉症がなくなるわけじゃないので意味がない」というような主張をする人がいますが、その意見には同意できません。
確かにスギ花粉以外の花粉症を発症している人がいるのも事実でしょうが、スギ花粉を原因とする花粉症に悩まされている人が圧倒的に多いのも事実ですし、大量に飛散するスギ花粉にアレルギー症状を発症することによってスギ花粉以外の花粉症を発症した人もいると聞きますから、スギの人口林を伐採して広葉樹に植え替えて自然林(天然林)に戻す価値はあるはずです。
「スギ林を広葉樹に植え替えてもスギ以外の花粉症はなくならないんだからスギ花粉の原因となるスギ林を放置しても構わない」という理屈が通るのであれば、「電車内のチカンを1人2人逮捕したってチカンする人がいなくなるわけじゃないんだから電車内のチカンは逮捕せずにやりたい放題してもらっても構わない」という理屈も通ってしまうことになりますが、なぜそのおかしさに気づかないのでしょうか?

(※2022年2月7日追記)昭和天皇はスギ・ヒノキの人工林をどう思っていたのか?

ところで、この記事は2018年の3月に公開したものですが、最近になって新たに発見したことが一つあるのでその点を追記しておきます。それはこのページで指摘してきたスギやヒノキの人工林の問題について、昭和天皇がどのように考えていたのかという点です。

天皇皇后両陛下は公的行事の一つとして植樹祭に臨席するのが通例で、スギやヒノキの苗木を実際に御手植えされていますが、昭和天皇は生物学の研究者(平成の天皇もそうですが)として科学者の一面もお持ちでしたから、このページで指摘してきたスギやヒノキの人工林に関する様々な問題をご存じなかったはずがありません。

もちろん、戦後の天皇は憲法の象徴天皇制の下で国の統治(政治)に関係する意見を述べること自体が憲法に違反しますから、仮にスギやヒノキの植林政策に問題があると考えていたとしても、昭和天皇がその改善を提言したり人工林の問題を指摘することはなかったでしょう。

しかし、生物学の研究者として科学的見地からどのようなお気持ちを抱いて植樹祭に臨席しスギやヒノキの苗木を御手植えしていたのか、その昭和天皇の心情に興味があったのです。

その点が以前から疑問だったのですが、最近たまたま読んだ岩見隆夫の著書『陛下の御質問 昭和天皇と戦後政治』(徳間文庫)に昭和天皇の心情を理解できそうなエピソードがあったので紹介しておきましょう。

檜垣徳太郎元郵政相の追憶談として語られた部分ですが、檜垣徳太郎が農林省の肥料課長をしていた昭和29年当時、鳩山内閣の農相として就任した河野一郎(※自民党の河野太郎は河野一郎の孫にあたります)に「河野は陛下を毛嫌いしている、皇室に対する念を欠いていて、けしからん」との風評が立っていたため檜垣が河野に苦言を呈した際のエピソードが次のように紹介されています。

当時、
「河野は陛下を毛嫌いしている、皇室に対する念を欠いていて、けしからん」
という風評が立った。農相を連続三回やったが、河野は内奏に一回出向いただけで、
「いやだ」
と言って、あとはいかない。原因はそこにあるらしかった。ある時、檜垣は河野に苦言を呈した。
「ゆくゆくは総理・総裁をねらわれる人が、皇室をないがしろにするようなうわさをたてられるのはよくありません。考え直されたほうがいい」
「それは違うんだよ」
と河野が語ったところによると、一回だけの内奏の時に、林野行政の説明をした。天皇は聞いたあと、
「わかった。造林を大変熱心にやっているようだが、日本の造林は針葉樹を中心に進めている。闊葉樹かつようじゅはどうしているか」
と質問された。河野はわからない。睨み返したが全然通じない。仕方なく、
「闊葉樹も適宜、植林いたしております」
と答えたが、農林省に聞いてみると、一本も植えていないことがわかった。河野は、
「恥ずかしくて、二度といけるか。ないがしろになんてとんでもない。オレは『この人にはかなわない』という人が地上に二人いる。一人は天皇陛下、もう一人はフルシチョフだ」
と檜垣に漏らしたという。檜垣の解説によると、
「河野さんの眼光はすごくて、大抵ひとにらみで相手は縮みあがるのに、陛下には全く通用しないから、ショックだったんだ。いろんな意味で、陛下は完成された方でした」
という。

※出典:岩見隆夫『陛下の御質問 昭和天皇の戦後政治』徳間文庫159~160頁より引用 ※注:「闊葉樹」は広葉樹のこと

もちろん、このエピソードで昭和天皇は「闊葉樹はどうしているか」と質問しただけですから、この発言から直ちに昭和天皇がこのページで指摘してきたような問題意識をスギやヒノキの植林政策に対して持っていたと言えるのか、それは判然としません。

しかし、立憲君主制と日本国憲法を尊重した昭和天皇は、閣僚や官僚と話す際、質問形式にすることで政治的な発言(意見)として受け取られることを避けるよう腐心したことが知られていますから、生物学の研究者だった昭和天皇があえて「闊葉樹はどうしているか」と質問したところを察すれば、「闊葉樹(広葉樹)を一本も植えない国の造林政策」を十分に認識したうえで、生物学の研究者として科学的見地からそこに疑問を持っていたであろうその真意は伝わってきそうな気がします。

仮にその昭和天皇の真意が私の思っているとおりであったとすれば、植樹祭でスギやヒノキの苗木を手にした当時の昭和天皇は、象徴天皇として粛々と御手植えされていた一方で、科学者としては針葉樹の山に変えてしまうことで招くであろう厄災を憂う苦悩があったのかもしれません。

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