現在進行形で発生している九州北部の「豪雨被害」。
災害の正式名称が『平成29年7月九州北部豪雨』に決定したようです。
参考→https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170719-00000007-rescuenow-soci
しかし、本当にその名称で問題ないのでしょうか?
個人的には、この名称は今回の災害にはまったくふさわしくないように思います。
なぜなら今回発生した災害を『九州北部豪雨』という名称にしてしまうと、その災害の本質を覆い隠してしまい、今後も有効な対策が何も取られないまま同様の被害が毎年のように繰り返されてしまうことが容易に想定できるからです。
確かに、今回の災害の原因に短時間で通常では考えられないほどの大雨が降ったことがあるのは間違いないでしょう。
あれだけ短時間に局地的に大量の雨が降ればある程度の被害が発生することは避けられなかったとも思えます。
ですから「豪雨」という単語が名称の一部に付けられるのも致し方ないかもしれません。
しかし、本当に今回の災害は「豪雨」が原因だったのでしょうか?
テレビ映像や新聞、雑誌、ネットニュースで掲載された写真を見てもわかるとおり、住宅地に押し寄せた流木のほぼ全てがスギやヒノキです。
「豪雨」によってスギやヒノキの植わった斜面の地盤が弱くなり崩落して川に流れ込んだ結果、想像を超えた雨量と崩落した土砂によって川が氾濫し、流木となったスギやヒノキが濁流と共に住宅街に流されてきたのです。
ではなぜ、流されてきた流木はスギやヒノキだけだったのでしょう?
山にはスギやヒノキだけでなく、カシやシイ、ナラやクヌギなど様々な木が生えていたはずです。
そうであれば、住宅街まで流されてきた流木には樫や椎、楢やクヌギなどの雑木が混じっていても良いはずなのに、被災地の写真の流木にスギやヒノキしか見当たらないのはなぜなのでしょうか?
答えは簡単です。
樫や椎、楢やクヌギなどの雑木が植わっていた斜面は、今回の「豪雨」によっても崩落していなかったからです。
今回の「豪雨」で斜面が崩落したのがスギやヒノキの山だけだったからこそ、住宅街まで押し寄せた濁流に混ざる流木にはスギやヒノキしか含まれていなかったのです。
以前にこのサイトでも触れましたが、日本の山に生えているほとんどのスギやヒノキはそこに自生して生えていたものではありません。
戦後復興の下、外貨獲得のために国策として人工的に植えられたものです。
日本の山にどのようにしてスギやヒノキが植えられていったのかという点は『スギ・ヒノキの人工林が引き起す水害・土砂災害・獣害という人災』のページで詳述していますのでここでは重ねて触れませんが、スギやヒノキの林は天然林ではなく、人工的に植えられた人工林にすぎません。
そうすると、今回の「豪雨」で崩落を起こしたのは人工林だけということになります。
なぜ、今回の「豪雨」で樫や椎などの天然林は崩落を起こさなかったのに、スギやヒノキの人工林だけが崩落を起こし、大災害を誘発させてしまったのかというと、スギやヒノキの人工林は天然林に比べて地盤が弱く、腐葉土も作れないため山の保水力も低くなるからです。
『スギ・ヒノキの人工林が引き起す水害・土砂災害・獣害という人災』のページにも書きましたが、樫や椎、楢やクヌギなどの広葉樹は根を地面の下に張る性質があるため地盤は強固になりますが、スギやヒノキなどの針葉樹は根を横に張る性質があることから地盤がどうしても脆弱になります。
また、カシやシイ、ナラやクヌギなどの広葉樹(特に落葉樹)の葉っぱは、落葉すれば腐葉土となって山の斜面に堆積しスポンジ状の天然のダムとなって大量の雨水を保水することができますが、スギやヒノキなどの針葉樹は葉に脂分を多く含むため落葉しても腐葉土を作れないことから保水力もほとんどありません。
そのため、スギやヒノキの人口林に降り注いだ雨は、地中に保水されることなくダイレクトに山の斜面を流れ落ち、大量の雨水を川に流し込んでしまうのです。
このように、スギやヒノキの人工林は地盤が弱く、かつ、保水力もありませんから、大雨が降れば川の増水や、斜面の崩落を引き起こします。
今回の災害は、まさにこれが原因です。
住宅街に流されてきた流木にカシやシイ、ナラやクヌギなどの雑木が含まれていないのはテレビや新聞などで流される画像を見れば明らかなのですから、カシやシイ、ナラやクヌギなどの雑木が植わっている天然林は一切崩れなかったはずです。
(※テレビや新聞、ネットの画像等を見てもらえばわかりますが、住宅街に流されてきた流木は全てまっすぐ伸びているのでスギやヒノキの人工林の木ということがわかります。樫や椎などの雑木は途中で幹が枝分かれするためこのようにまっすぐ伸びないからです)
それに引き換え、スギやヒノキだけが大量に流木として流れてきているのですから、スギやヒノキの人工林が崩落し、濁流となって川を氾濫させ、住宅街に押し寄せてきたのは明白です。
もちろん、仮にスギやヒノキがこれほど大量に植林されなかったとしても、今回の雨量では発生する災害を防げなかったかもしれません。
しかし、これほどまでにスギやヒノキを植林せず、カシやクヌギ、シイやナラなどの天然林が広がる豊かな自然が残されていたならば、その豊富な保水力によって川に流れ出る水はもっと少なかったはずですし、山林の崩落もこれほど大きなものにはならなかったはずです。
そうであれば、今回氾濫した川も氾濫しなかったかもしれませんし、住宅街に土砂や流木が押し寄せることもなかったでしょう。
ですから、今回の災害は「豪雨」が引き金になったことは事実であったとしても、その遠因は戦後に大量に植えられたスギやヒノキの人工林にあったことは明らかだと思います。
それにもかかわらず、今回の災害の名称を「九州北部豪雨」としてしまったのでは、災害の本質を覆い隠してしまうのではないでしょうか?
大量に植えられたスギやヒノキの人工林が災害の根幹にあったとすれば、今回の災害は「スギやヒノキの人工林の崩落を招いた九州北部豪雨災害」もしくは「豪雨を起因とする限度を超えた人口林の崩落による土砂崩れ災害」などと名付けるべきでしょう。
単に「豪雨」と名付けることで、今回の災害の教訓は正しく受け継がれていくのでしょうか?
「豪雨」の名称では今後も国や自治体は「雨」の対策しかしないのは目に見えています。
従来通り、川の氾濫が起きないように護岸工事を行い、崩れた山の斜面をコンクリートで固める土木工事をするだけでしょう。
しかし、それで今回のような災害を防げるのでしょうか?
スギやヒノキの人工林を段階的に伐採し、樫や椎、楢やクヌギ、その他その地域の植生に適した雑木を植えて元の天然林に戻さなければ、今回のような災害が防げないのは明らかです。
今あるスギやヒノキの人工林は大量の雨が降れば確実に崩落してしまうことは今回の豪雨で明らかになったのですから、護岸工事や山の法面工事などの対処療法では根本的な解決にはならないはずです。
スギやヒノキの人工林を伐採し段階的に天然林に植生を戻そうとしても、岩盤に根を張り豊富な腐葉土を擁する天然林が復活するまでには数十年の歳月が必要です。
ですから、今すぐにこれをやり始めたとしても、来年、再来年、十数年先までの「豪雨災害」は避けられないでしょう。
しかし、今やり始めれば、40~50年後の「豪雨災害」は確実に防げるはずです。
日本中の山という山に大量のスギやヒノキを植林し「豪雨に弱い山」を作ったのは私たち現役世代よりも前の世代の人たちであって私たちの責任ではありません。
しかし、その「豪雨に弱い山」を放置しているのは我々現役世代の人間です。
このまま「豪雨に弱い山」を放置して、後の世代に多大な危険と負担を押し付けるのはいかがなものかと思うのですが…
皆さんはどう思いますか?